透る。

久々家に帰ってきて幾星霜。具体的に言うと三日/一週間位。出掛けに本日の夜半過ぎからお天気下り坂ーとお天気情報が流れてきたので、主無き窟として形無き者が跋扈し易く瘴気が滲み出てしまっている室内を今のうちに浄化しておこうと、天風来々ーと霊幻道士風に叫びながら窓を開け放して作業場に行った。



風と共に去りヌ。とか何とか。隔たれた空間の中で形成す固定化された異質さはフラスコの中で育まれたホムンクルスの様なもので、外気によって現実における真なる普遍である知覚外の領域へと溶け込む。人に安息をもたらす領域を生み出す外壁は、そこに出来る影の内に闇に潜めく鬼を生み出す心の壁でもあるのだろうが、連綿と繋がる大気の外輪を内に通され、世界に曝されたその部屋は何も無く、ただの小さく、狭い部屋である。そこには何者も居ない。映る筈の自分の影すら見当たらない。空虚である。切り立った岸壁に居るような、何もかもが霧散し意識が保てないような透徹さだが、その淵にて遠くを思索するのは最小の自分が充ちているような感覚があって、妙に心地よい。今はそんな安い自由を味わいながら、商売女の様に冷たく総てを受け入れる布団に顔を埋め、まどろみ夢をみている。

ためる。

前から何か手が痛いなあと思ってたんだけど。整骨院行った時についでに手の事を言ったらば、もしかしたらヒビ入ってるんちゃう〜と言われ、ようやく病院行ったら。見事にヒビいってた。治りかけだそうだ。原因不明。

で、その病院の待合室でゴホゴホしてる人一杯いたんで、ああ〜こりゃ風邪貰わん様に気をつけないとな、と花粉症用のマスクをして咳をしている人から遠い場所に陣取ってたのだが。
見事に風邪の菌を喰らった。
この糞忙しい時期に三日間も寝込んだ。
熱が四十度近く出るわ吐くわでかなりキツイ風邪だった。


で、仕事が詰まってテンパりかけたので三日ほど睡眠時間をかなり削って作業した。
そしたら昨晩、なんか眼がヒリヒリ、痛かった。ゴミでも入ったかなーと鏡を見てみたら、うわ、赤い。血走ってる上に加えて円形に赤い部分があって、ぱっとみでもう赤い。大丈夫かなー、と多少心配になったが、夜半過ぎだったので、目薬さして気にせず仕事。していたら、新入りが技術的な教えを乞いにやってきた。顔を見るなりうわ、赤いですよ、眼!という。赤いねえ、でもまあ大丈夫だよ多分、血走ってるのが酷いだけだよ。と返すも何か興奮した様相の新入り。携帯を取り出した。ああ、救急車とか呼ぶほどのもんじゃないよ、ほんと。と言おうとした矢先、ぴろりーん、という効果音。ああ、写真撮ったのね。と理解しつつ、失礼さに正直殴ったろかーとも思ったが、今こづくとその失礼に対する怒り以上の、己の不運に対する憤りまでが乗じて拳に乗りそうだったので、やめた。

不自由だなあ、人生。自在に不自由。不自由自在。

刻こっく

午前様で帰宅し、ばたっと倒れ込むよーに寝付いたのだが、カチコチカチコチいう音で起こされた。何故かラックの上に鎮座しているぜんまい式のメトロノームがアンダンテで時を刻んでいる。眠りを妨げる慮外者ではあるが、冬の名残のせいか布団の居心地が良く、直ぐに止めに行こうと云う気になれず、気まま優雅に音をたてて動くそれをぼうっと眺めていた。暫くそこいら中空を捉えながら、時を刻むというのは良い表現だよなあと考えていたら、巨大な銀髪の時の女神が割烹着を着て何も無いまな板の上に調子よく包丁を叩きつける様が浮かんできた。その様を観て、何も無いまな板で何やってんだろーね、と含み笑いをしていたら、キッとこちらに視線を向けて「アンタの為にやってんでしょ!」と一言吐いて何処かへ霧散された。なんかなぁ、おふくろさんライクな女神様だったなぁと思いながら、カチコチ音を子守唄にまたまどろみ始めた。暫くしてぜんまいが切れたらしくその音も止み、私の意識もそこで終わった。

今は此処。

強行軍も終了ということで、遥かなる遠征の日々も終わりを告げ日常の戦場が舞い戻って厭世気分。思えば遠くへ来たもんだと言う暇もなくまたここにある。連綿と連なる過去の足跡を振り返り眺めればそれだけで空腹が訪れ歳を召す羽目になるが、過去の一歩を忘れ呆けて歩いているとそれはそれで、現在と過去の狭間と云う実感の希薄な現実を生きる事になるような感じがしてよろしくないよなあ。今此処に在る、と明確に意識できる瞬間が自宅だけというのは、不器用というか、何とも勿体無い話だよなあ、とつい先日過去となりし日々を振り返って思う今日この頃。
そういった自覚の為にもブログを始めたのだが、存在をすっかり忘れていたー。しっかりせよ俺。

卵の殻。

眠っていた機材を処分するという事で色々と人に聞いてまわっていた。使いやすい、それほど場所をとらない機材は知り合い連中が引き取ってくれたのだが、高額な機材、マニアックで使い辛く、場所をとる機材が手元に残った。のでー、オークションにかけたのだが。高額な機材は問題なかったのだが、デカイ、面倒な、マニアックなー機材が輸送中に破損して返品されるという運びになった。通常の宅配なので保証は付いてないし、相手さんに落ち度は無いし、そのまま処分してください、というにもデカく粗大ゴミ扱いなので処分費用かゴミ処理センターへの持ち込みの手間がかかる。送り返して貰って分解して自作で小さく纏めて遊ぼうかと画策中なのだが、まあそれも色々と手続きは免れないしなあ、面倒なこって。とか考えていたら、何やらこれまでの自分がそれらを無駄な贅肉の鎧の様に身に纏い誇っていたツケが周ってきたかのように思われてきて変な気分になった。
使えると思って買い込んだ機材が自身の身を重くしているというのは、囲まれるか引き摺るかの違いによる実感の違いなのだろうが、それを切り離した今、本当に必要なモノだけを身に携えているのかと省みると、そうとは言い切れない。面白いというただ一時の判断によって付いてきた物もあるわけで。結局明確な判断というよりタダのその時の決断によって物を切り捨てて生きているんだよなー。と、気付くのはいつも存在し続け煤けた果てに手元から離れた時だという。ああ面倒だなあほんと。道具って奴は。

君に何を見る。

帰宅途中の電車内。上擦った声で学生服姿の少年が話しかけてきた。
少年  「おいおっさん何見とんじゃ。」
私   「いや何?誰が何見てるって?」
少年  「お前だよお前。さっきからヒトの事ジロジロみてニヤニヤしやがって。気持ち悪ぃんだよ。」
私   「いやいや、見て無いよ。見て無い見て無い。君の事なんて誰も見て無いよ。他の人に迷惑だしあんまり騒がないでよ。」
私   「・・・あっ、ああ?何いうとんじゃ、ざけたこというてんちゃうぞ、みてたやろがあ。ニヤニヤしやがって。ホモか手前。」
私   「いやだからさ、静かにしようよ。落ち着いてって。見て無いって。君なんて全く眼中に無かったんだって。いやごめんね、変な意味じゃなくてね、変な意味にとらないでね。」
少年  「みてた−−−」
と言おうとした矢先、向かいの席に座っていた強面の兄さんが立ち上がり少年の頬をはたいてずり寄った。
お兄さん「うるせえぞ。あ?静かにせえや。おっ?」




少年、一瞬の出来事で理解する間もなかったろうが、暴力に理解は不要。それは本能に作用するのだ。完全に黙らされ紅潮しつつ、怯えるような、憮然としたような、理解出来ないような、と表情をコロコロ変えながら扉を挟んだ向こうの端の席へと座り込んだ。

1分後。
少年が・・・。

泣き始めた。

泣きながら次の駅で降りていった。

私に罪悪感を残して・・・。



何とも言えない暗鬱な気分で迎えた乗り換えの終点駅間際。荷物忘れに注意云々と啓蒙のアナウンスが流れる中。
お兄さん 「で、何をみとったんですか。」
私    「え、ああー、うーん。」
私    「あの子制服のブレザーの前をはだけで、よれよれのカッターシャツをズボンから出してたじゃないですか。」
お兄さん 「うん。」
私    「そのシャツのボタンとボタンの間からですね、ベルトの遊びというか余りの部分がだらーんってはみ出てたんですよ。」
お兄さん 「うんうん、これね。」
私    「ええ。それがなんか、見事に直立してて、まあベルトの色のせいもあるんだろうけど、チ○コが出てるよーにみえちゃって。」

隣に座っていたおばさんが咳き込む様に吹いた。お兄さんは妙に嬉しそうな顔をして頷き、皆と一様にまた何処かへと向かう為の駅へと降りた。