せーがー。

かっこよかったセガの記憶
私が子供の時分、時代はスーファミメガドライブの覇権争いの真っ只中であり、私の周りではスーが圧倒的なシェアを誇っていた。



が、私という人間は奇をてらうのが大好きな両親の元に居たお蔭でみんなファミコン持ってるよ〜、と泣きつけば「みんな持ってるなら違うもん買おう!」とSG-1000Ⅱを頂き、ぼくもゲームボーイ欲しい!とサンタさん(父)に祈れば「カラーの方がいいだろう!」とゲームギアを贈られた。そんな我が家には当然メガドライブが鎮座しており、
スーファミの優位が明らかになった頃にお手伝いするのでスーファミ欲しいです・・・とねだったら「CD使えるんだぞ、こっちにしろ!」(当時はCDが未だハイテクの時代だった)とメガドラの拡張キットともいえるメガCDを報酬として拝す。全く望まずにセガな道を歩まされた私は、プレステとセガサターンが発売される頃にはすっかりそれに慣らされてしまい、気が付いたらお小遣いを貯めてサターンを買っていた。(といっても買った当時は一般的にも奇をてらうというニュアンスでも無かったと思うが。)

セガ街道まっしぐら!の様に見えますが、周りの友人がスーファミやプレステを持っていると、やはりそっちもカバーしてしまうもんで。実はスーファミもプレステも所有してました。まあよくメガドラユーザーがマイノリティの優位性のよーに語る所の真実で、実際はただ他人より沢山ゲーム持ってるだけの子供じみた自慢という事を証明しちゃってるんですけど、それは今は措いて置く。

で、業界と世界の間で繰り返されるコンタクトの何次かを各ハード陣営の事情を知らずに、お子様ユーザーという無垢な身の上で、最前線で享受した者としては、セガの記憶、イメージ、と思い起こそうとしても、無い、というより言いづらい、言い難い。当時はゲーム雑誌も比較的マニアックなもので、一般の人間は読む事が無かったし(今でもそうか?)インターネットも無かったという事もあって、持っているかどうかという以外では誰も区別して遊んでいなかったのが現実である。

が、個々のソフトの記憶は多々存在する。その記憶を総合して考えてみると、セガ、もといメガドライブで私が遊んだゲームというのは、遊び込んで思い入れが強いモノが多い。バハムート戦記、ボールジャックス、ぷよぷよ、ジョーモンタナのアメリカンフットボール(これが名作なのかアメフトがゲームにマッチしてるのか、他のアメフトゲームやったことないので判らないが、名作。)、コラムス、バスケットボールのゲーム(名前失念、ダンクシーンがリアルなやつ)、スーパーバレーボール、レッスルボール。これらは親キョウダイや友人連中と数々の名勝負を繰り広げた。
また、サンダーフォース、シャイニング&ザ・ダグネス、シャイニングフォースレンタヒーローランドストーカー、コミックスゾーンサザンアイズメガCDのゲームで裏町のホテルに入ると部屋の中で男女のデフォルメキャラが布団の中で蠢いていると云う先進的なゲームだった!)以下略。これらはよく夜更かし、早起きして居間でやっていた。そしてその行為が見つかっては、よく叱られたもんだ。

最初のリンク先の記事を書かれた高名なゲーム作家の斉藤由多加さんの様に、ゲームの隆盛を築いた人、変革していくムーブメントの中で動いていた人にとってのセガは、メインストリームとは違う毛色で、アイデアに富んでしっかり遊べるモノを排出し、抗していた格好良いメーカーとして当時から映っていたのかもしれない。が、自身の見識に対する得意が無く、後ろにある制作社を見ない子供時代に、純粋で理想的なユーザーとしてゲームと見えた我々にとって、単純に良し悪しの付く「メーカー」なぞ存在しない。そこには世界やシステムの面白さに熱中した記憶や、ヒトと喧喧と騒いで遊んだ記憶があり、それに我らを介したゲームそのものが記憶として存在するだけである。

幸運な受け手であった我らは、それを今になって振り返ってみて初めて、まあ格好良いと言ったことは無いが、面白いメーカーだ、好きなメーカーだ、と言うに到る。そして今改めてセガというメーカーのゲームを列挙し、記憶を起こし、省みてみると、実感から湧き出る言葉がある。面白いゲームを沢山出してくれた、良いメーカーだ。今でも好きだああああ。

ただしソニックは余り好きではない。なんでだろう・・・。